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断片とっ散らかり屋
・書いたけど本編には載らなかった断片
・書き直したため不要になった初稿
・ちょっと思い付いただけのIF
・CP妄想セルフ二次創作
など。
見あパラ多め。ネタバレ超超注意。観覧は自己責任にてお願い申し上げます。
2018.03.12(月) 16:01

 けたたましい金属音がじめじめとした牢に響き渡った。
 雨は閉塞した牢内の湿度をも着実に下げてきている。そうも周囲の環境が変わっていれども、鎖に繋がれた彼女は相も変わらずそこで無機物のようにじっと佇んでいる。その視線が、扉の開閉音に驚いてわずかに持ち上げられる。そうして青く澄んだ目で私達の姿を捉えると、こんにちは、と言った。

「高瀬。元気か?」
「ええ、わりと」
「嘘だあ。いま慌てて頭回してるでしょ。君、監禁中も少しは動かないと無生物になっちまうぞ」
「私、ブラックジョークは得意ではないですよ。冰さん」
「おっと、それは失礼」

 親しげに喋りだした二人を前に、私は端で黙って当惑した。高瀬さんはファリア配属直後から私と組んでいたはずで、彼との交流の機会などあったろうか?
 考えていると、話が私に振られた。

「久本さんもご一緒ですか」
「……こんにちは。あの、リボン……届けに来ました」

 おずおずと歩み寄り、彼女の隣に折り畳んだリボンを置いた。彼女は、まぶしいほど穏やかに笑んでありがとうと言う。思わず、目を背けた。
 私は高瀬さんが怖い。奇妙に明るく穏やかな微笑み、凝り固まった無表情のまま流される涙、前時代的な情けと慈しみの倫理観――それらがなんだか人間離れしていて異様に感じるから。話し相手の目をじっと覗き込む癖、歯に衣着せない物言い、それらが冰以上に“すべてを見透かしている”かのような印象を与えるから。決して心から笑わない彼女を信用なんてできないから、怖いのだ。

「久本さん」
「はい」
「こんな時くらい、怖がらないでください」

 困ったような笑顔で言われ、私は凍りつく。曖昧に苦笑を返しながら、助けを求めるべく冰のいるあたりまで退くと、彼はまったく呆れたというように肩をすくめる。
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2017.08.31(木) 01:24

「この程度で動じるかよ。なめんな」

 呟き、眼下の通りでバタバタと倒れた人達にごめんなさいと告げて俺は銃を足元に置いた。屋上から軽く助走をつけて跳び、隣の建物。また隣の高い建物の壁を足場に、もっと高く跳ぶ。これほどの高所からなら隠れる場所もたいしてあるまい。案の定見つけて身体をひねり、近くの屋根に着地、また跳躍して彼らを追う。
 慣れないことはするもんじゃない。すぐに急な気圧の変化に身体が重さを訴え始めるが、気にならない。人目だってどうでもいい。さっさと跳んで、追い付いて、拘束する。殺してはいけない。これが俺の仕事だ。

(……どう戦うかなー)

 どうせ威嚇以外の用途では撃てない。彼女が常に奴に付き従っているから。間違って当ててしまえば洒落にならないのだ。
 気流に乗り身体を浮かせながら考える。
 まともに戦って勝てる相手じゃない。なんたって史上最悪の天才児と噂される大量虐殺の常習犯が相手だ。いくら俺にいくつか切り札があろうともあちらの力が絶大であることに変わりはないし、何よりそんな頭の切れる奴が彼女を味方につけているのだとすると勝ち目なんてあるのかどうか。

「……いや無理じゃん」

 まあ無理でもやるんだけどさ! 任務失敗より任務放棄の方が重罪だもんな!
 わかってる。迷う意味もない。行くしかないから行く。いつだって俺はそうだった。
 適当な屋根に着地し、人に見られてはいないかヒヤヒヤしつつ路地裏に降り、光で姿を隠した。10秒。30秒。一分。二分。待ってそして駆け出す。
 俺だって、勉学は泣きたいくらいできないが、戦場の勘と狙撃においては長けた方だと言われている。兵士歴はまだ一年だし人殺し歴はない。それでもこの任務を与えるに値するとは思われたわけだから、尻込みばかりはしていられない。
 視界が開けるなりぷしゅ、という情けない銃声が目の前から放たれた。避けるまでもなく当たらない。俺の姿はあっちからは見えていないのだから。だが。

「ごめんね、銃は得意じゃないから」

 淡々と響く高い声も、明るいシアンの大きな目も、黒い小さな銃口も、まっすぐ俺に向いていた。本当に俺が見えているみたいに。なぜかは知らない。だが、すぐに、考えても驚いてもいけないと思った。これは罠だ。
 肉薄する。銃を奪い、再び地面を蹴って宙に身を踊らせる。彼の居場所を探し、見当をつけて、適当な屋根の上から銃弾を叩き込もうとする。
 が、その前に、容赦のない焔が俺を囲った。熱を含んだ空気が肌に触れ、ちりちりと痛む。すぐに焔の温度を下げるが、多少の火傷は免れないだろう。歯噛みしつつも唯一塞がれていない真上にまた跳躍を試みる。焔は追ってくる。どうやらマジで俺が見えてるみたいだ。
 じゃあ、隠れてもしょうがないのか、そうでもないのか。彼女だけが見えていて、彼には見えていないのだとすれば、隠れる意義はあろう。続けることにする。追ってくる焔の温度を下げながら重力に任せ降下。彼女は的確に俺の降下位置の目の前にいる。戦う風ではなく、ただ怯えるような目をして。やはりまだ火は怖いのか。

「っ」

 いや違う。これさえも罠だ。そもそも彼女はもう戦う必要がないんだ。だって俺は今間違いなく奴の射程にいるはずで、見えていなくとも大まかには彼女のいる位置に俺がいることくらいわかるのだからつまりは不死である彼女もろとも『ここ周辺』を狙ってしまえば何ら問題はないわけで。
 気づいた刹那、彼女ごと光に包み隠し、その身体を抱いて空中へ緊急離脱する。

(間に合うか)

 ほぼ同時、爆発音が響いた。


2017年6月27日
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2017.08.15(火) 15:55
 なんということだろう。
 時計がもらえた。
 それだけでなにを感動しているのだと思われるかもしれないけれど、もう何週間も昼夜の感覚もなく昏睡と回復を繰り返していた私にとっては懐かしくさえある、とても尊い代物なのである。これがあれば朝が、昼が、夜がわかるのだ。挨拶を間違えることもない。一日が過ぎたことを、また日々をひとつ刻んだことを実感することができる。時の移ろいこそが生きている証になる。人類至上でこれほどの神器はない。

「……そんなに喜ぶか?」

 あの彼がそんな口出しをしてしまうほど私は嬉しそうにしているらしい。もらったのは白地に味気ない黒いゴシック体の安そうな置時計で、しかししっかりといまを指し示して秒針が動いている。時刻がわかる、その価値はしばらく時刻の概念の遠い生活を送らなければわからないのかもしれない。
 でも、どうして突然? 問うと、彼はそういう契約だからだ、と答えた。例の、情報をくれれば私に危害を加えないとかいうやつだろうか。それと時計と、なんの関係があるというのだろう。まあ嬉しいからいいんだけどね。
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2017.03.31(金) 00:06

どちら様、と、懐かしい声が雑踏らしきノイズに混じって聞こえた。
受話器を握る手に余計な力が入りすぎているのが自分でもわかる。冷静に、息を整えて、整えて、ひとつ小さく声を絞り出した。

「高瀬です」

少しは私だって以前より強くなっていると信じたい。声が震えることはなくて、ひそかに安堵する。

『なっ……青空……!? なしてあんた、どこにおるん?』
「大宮駅裏の路地です。今すぐ来てもらえますか。必ず、鹿俣さんを連れて」
『……何があった』
「理子さん、お亡くなりになりました」
『は、』
「自殺かと。死体は隠していません。もうじき騒ぎになるでしょうね。……では、私はこれで。もう行きますから」
『待っ、青空、いい加減に、』

さっさと通話を終了して、改めて振り返る。
じっと踞り刃物を呑んだ亡骸は存外美しかった。まだ赤く、まだ温かい。まだ、その整った顔には生気があるのだ。
言い様のない感情で涙ぐむ自分を無視して、そっと、青い前髪を払い退けて彼女の目を閉じさせる。数秒、黙祷し、踵を返すと、私は全力で嗚咽半分に作り物半分の悲鳴を上げた。そして駆け出す。一刻も早く離脱せねば、ここに居座れば、篠さんたちと鉢合わせてしまいかねないのだ。
碧さんを殺した私に、彼らに合わせる顔はない。
理子さんに合わせる顔だって、本当はなかったのだけど、……最悪の形で合わせてしまったのだから、もう仕方がなくて。

(神は死んだ、か)

なんとも、無情なことだ。
路地を駆け抜け、どことなく騒然とした駅前をそそくさと過ぎて私は適当な電車に乗り込む。
まだ手が震えている。
がたん、ごとん、あの日と同じように、無機的に、車体は揺れる。
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2017.03.30(木) 00:49

「偲さん。帰っていらしてたんですね」

いつものように帰宅した俺を待ち受けていたのは、数ヶ月ほど会っていないだろう父の姿だった。
どこで何をしているのか、母と共にいるのかどうかは幼い俺には推し測れもしない。ただ、どちらもこうして稀に抜き打ちで俺の様子を見に来るのだ。だから俺は常に望まれる者でなければならない。
会釈ひとつ。無反応の父に、ごゆっくりしていってくださいとだけ声をかけて洗面所へ。手洗いついでに洗濯機を回して戻ってきて、夕食の支度に取り掛かる。今日はそう手抜きな料理で済ませるわけにもいくまい。
ひとまず、米を炊いて、メニューに悩む。

「日暮」
「あ、はい。どうかなさいました?」
「学校はどうだ。友達はいるのか」

形式的で無機的な問い。

「いっぱいいます。楽しいですよ。成績はそんなによくないですが」
「何が苦手なんだ」
「英語です。もうさっぱりで」
「英語は何より重要だ。多少はできるようになれ」
「……はい、やっておきます」

これはまた、友人に協力を仰ぐしかあるまい。骨の折れそうな課題にはにかみ、短く返答する。
放任主義のくせして躾にはとことんうるさい親だ、と思わないわけではなかった。思わないわけではないのだけど、物理的な束縛は全くと言って良いほどされていないから、そこまでの不満はない。言える立場にない、と言う方が正しいだろうか。
彼らの指示をすなおに聞き入れなければ俺は生きていけないのだと思う。あらゆる意味で、俺は彼らに依存しているのだから。

「苦しいことはあるか?」

尋ねる声は無機的なれど、真摯なのだ。

「あります。幾らでも」
「解決はできそうか?」
「いずれはできたらいいな、くらいですよ」

何が苦しいのか。
それだけは問おうとしない彼に、俺は軽く肩をすくめてみせる。
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2017.03.29(水) 02:06
向こうには何があったのだろう。
何があったから、彼はそうも苦しむのだろうか。
「……ねぇ、ルーモっ、」
「ごめん。黙ってて」
何かがおかしいのだ。
昔から少しずつ狂ってきた何かは、今ではもうこんなにも大きな溝となって私たちを切り離す。
遠く遠くから、少しの死臭が風とともに舞い込む。
この村だけが、平穏だった。
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2017.03.29(水) 00:24
あなたの目には曇りがないのだろう。
一点の偏見もなく、あまりに公平に物事を捉え、受け止めているのだろう。
善悪などという概念にとらわれることなく、感情的になることもなく、ただ静かにありのままを見つめているのだろう。
そんなあなただから、危ういが、信用には足る。

「ねえ」
「ん?」
「あなたには、私が何に見えますか?」

誰より透明なフィルターで世界を捉えるあなたに、ずっと聞きたかったのだ。
あなたは、特に間をおくこともなく、当たり前のようにこう答える。

「さあ」

短い一言。
それが、たぶん真理だった。
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2017.03.26(日) 21:09

凍りつく。
四肢が、やがては心臓が、脳髄までもが、冷たく、冷たく。

「ぁ……あああああ!!」

差すような痛みが喉に走れども叫ぶ。
ああ。僕はまだ生きなきゃならないのに。無慈悲な世界の欠陥構造になど負けたくないのに!
なぜこんなことになってしまったのだろうか。
あの、人類最後の希望たりえた研究所は、もう目と鼻の先まで来ているというのに。せっかく僕は生きてもよいと許可されたのに。なぜこんなところでくたばらなければならない。

「たすけて……たすけて、たすけてよっ」

プライドもくそもない。
凍った地べたで動かなくなった手足を引き摺り、涙ながらに咽び続けた。

ぱん。

涙が次々と凍ってゆくのを、呆然と眺めていたところに、耳に鮮やかな銃声が響き渡る。
濁った視界の中心にかろうじて見た人影。
彼は結った黒髪を揺らし、淡い銀色の目で僕の魂の奥を見通していた。

「死なないさ、君はまだ。迎えが遅くなって悪かった。少なくとも半身不随は免れないだろう。けど、きっと生きられるよ」
「ほんとうか?」
「本当だ。また過去で会おう」
「あぁ……あぁ、ありがとう」

安堵で、意識が滲み、急速に薄れる。
自分の胸の真ん中に風穴が開いていることは知っていたのだが……それでも、おそらく奴は本当の命を僕にくれたのだろうと信じたかった。


世界の終わる瞬間まで、奴は無慈悲に抗い、不条理であり続けるのだろう。
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2017.03.25(土) 13:09
世界はとうの昔に滅びていた。
幻だ、すべて。
しょせん何もないくせに、この意識はやけに明瞭で鬱陶しい。
僕らの神様が吐いた最大の嘘の正体は、それこそ生まれた時から見えていたというのに。
「それで、どうしろって?」
尋ねるも、奴は淡く笑って誤魔化すだけだ。

……そんなんだから、奴への怒りだけが僕のすべてだった。
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